
武藤 弘次
代表
KOJI MUTO, Ph.D.
職歴(逆年代順)
一般財団法人 中東協力センター(JCCME)
リヤド :サウジアラビア事務所 総代表
東京 :投資・インフラ支援グループ1参事
(サウジアラビア・クウェート担当)
ジェッダ :ジェッダ水デスク・ジャパンデスク代表
ディライヤ:電子機器・家電製品研修所(SEHAI)
シニア・コーディネーター
外務省 在サウジアラビア日本国大使館 専門調査員
(広報文化班・政務班)
株式会社 三菱総合研究所
海外開発事業部(東京) 嘱託研究員(東南アジア等)
丸紅パワーシステムズ株式会社(東京)
総合開発部通信機械第一課、重電機第一部重電機第一課、
電力プロジェクト本部ロシア・東欧グループ等
合同会社サウジアラビア総合研究所
設立:2024年9月(本店:東京都世田谷区上用賀二丁目)
資本金:100万円
法人番号:0109-03-009335
our Services
1. サウジアラビアでの各種事業形成・展開・ビジネス課題解決等に係る各種コンサルティングサービス・アドバイスの提供
2. サウジアラビアの政治、経済、外交、内政、防衛・セキュリティー、社会システム、イスラム文化、ビジネス慣習等に係る情報提供・分析・ 助言等、およびこれらをテーマとした調査報告書の作成等
3. サウジアラビア他での音楽演奏等各種エンターテインメント事業に係るコンサルティングサービス・アドバイスの提供
4. 英語教育全般・英国留学に係るアドバイス


message
代表者メッセージ(中東協力センターニュース2024年7月号への寄稿より(一部修正含))
わたしは2024年7月、3度目となる約3年のサウジアラビア駐在を終え帰国しました。サウジアラビアとの本格的な関係は20年ほど前に始まり、最初の駐在は2003年4月から約3年間、外務省専門調査員として首都リヤドの在サウジアラビア日本国大使館で働く機会を得ました。その後2009年9月から3年間、中東協力センター(JCCME)が協力したサウジ電子機器・家電製品研修所(SEHAI:リヤド郊外のディライーヤ地区)でシニアコーディネーターとして再びリヤドに着任し、その後2012年8月にJCCMEのジェッダ水デスク・ジャパンデスク事務所代表としてジェッダに着任しました。今回の3度目の駐在はJCCMEのサウジアラビア事務所総代表(リヤド事務所長)として2021年9月に着任しました。
サウジアラビア駐在期間は累計約12年に及び、その間、地方都市への訪問などを通じ、サウジアラビアの経済発展や社会システムの推移、地域間の相違・多様性等を長期的かつ多角的に見ることができました。また、2020年に英国の大学で日本とサウジアラビアの政治経済防衛関係をテーマに博士論文を仕上げることができましたが、執筆中には、知れば知るほどサウジアラビアの重要事項の意思決定プロセスや内政・外交バランスの仕組みは謎が深まるばかりでした。
中東研究者のJ.A.ビルは1984年の書籍で中東諸国の政治プロセスを分析する難しさを「Defy Observation, Discourage Generalization, and Resist Explanation」と表現しました。「観察されることを拒み、一般化するアプローチをくじき、説明されることに抵抗する」とでも訳しましょうか。中東諸国の政治プロセスは各国の歴史や事情で多岐に亘り、分析をしようにも過去の事例はあまり参考にならず、常に複雑に変化する中東諸国の政治経済状況を正確に把握することや将来を予想することは非常に難しく、ましてや西欧的な価値観の中で中東諸国の政治プロセスを一般化(generalization)、理論化することは困難であると主張しました。この考えにはわたしも賛同します。今後もこうした状況は変わらないと思います。
過去20年間のサウジアラビアの経済・社会発展は誰も想像していなかったのではないでしょうか。特にリヤドでの都市開発は著しい進展を見せました。リヤドだけではなくジェッダや、ほぼ20年ぶりに訪問したアルハッサ、ターイフ、ハーイルの街も随分と多くの面で変化しました。ギガプロジェクトや大規模プロジェクトに代表される物理的なビジョンだけでなく、人々の意識も大きく変わったと思います。今後、サウジアラビアはどのように変化してゆくのでしょうか?
日系企業幹部の皆様は、こうした中東の全体像が読めない中でのビジネス展開を検討されていると思いますが、中東諸国は過去のビジネス事例や経験があまり役に立たず、ビジネス展開の未知数が多く、特に変貌するサウジアラビアへのアプローチには慎重にならざるを得ず、大きな不安を抱えていることと思います。正直「怖い」市場であるとお考えの日系企業も多いのではないでしょうか。これから中東はどうなってゆくのか?漠然とした不安があると思います。全体が見えない不安の中で、それでも日本政府や日系企業にはエネルギー安全保障や新たなビジネス機会の観点からサウジアラビアとの関係を維持し、重要視する必要があるという共有認識があるように思えます。
わたしは、こうした日系企業の海外展開戦略に有益な情報を提供できるかがJCCMEをはじめとする政府機関組織の役割の一つであると考えてきました。過去の経験をもとに各種分析や提言を行ういわゆる「中東・サウジ系知識人」による中東各国の有力王族の動きと言った内話的な情報や、欧米・周辺諸国の政治・防衛関係に基づく地政学的な情報も重要ですが、サウジアラビア政府機関(統計局、SAMA等)やアラムコが発表する客観的な統計・データをもとに分析・推測を行うことが改めて重要視される状況になると思います。
近年は日系企業の海外ビジネス展開への関心が変化し、そもそもアラブ・中東地域から他地域にシフトして行っているのではないか?と言った懸念があることを、ある中東専門家が指摘していました。その指摘の通り、例えば、日系企業の伝統的強みがあるサウジアラビアの電力市場などではAIやIoTの進化により地場企業を中心とする競合他社の技術力・競争力が増し、既存のビジネスモデルが機能しないケースも見られます。他方で、日系企業はサウジアラビアにおける新たな市場の開拓(将来的な収益の柱となるビジネスの構築)に高い関心を有し、その実現に向けて欧米コンサルの力を借りながらさまざまなアプローチを手掛けているように思えます。しかし、わたしは前述のJ.A.ビルの指摘を考慮すると、大手コンサルですらもサウジアラビアという国の戦略や市場動向を正確に分析・予想することは難しいのではないかと思いますが、他に頼るところが無いのが実情です。日本本社からは未だに「遠い市場」であることは現実的であり改善されることが期待されます。
以下の分析は2005年頃の専門調査員時代に考察したサウジアラビアの地理的な特徴ですが、一部更新した上で改めて記載させていただきます。
サウジアラビアの歴史を振り返れば、王国は歴史的にも地理的にも非常に多様な社会性を有しており、特にメッカやメディーナ両聖地や港町ジェッダ等を含むヒジャーズ地方は旧オスマン帝国の勢力範囲内に位置したことで、サウジアラビア国内の中でも特異な多民族社会を形成してきました。サウジアラビア研究者の岡倉徹志氏は同地域を「伝統的に最もコスモポリタン的であり、先進的な地域」と表現しました。巡礼者収入やジェッダ港を中核とした交易で経済的にも安定した地域を確立したことで、建国当時にしてはめずらしく電気・通信等の社会インフラだけでなく法律や銀行制度等も機能していたと指摘しました。また、政治制度面でも地方評議会等の政府機構や各省庁の行政部門が存在しており、さらには独立精神の高い地元有力者らにより、ヒジャーズ立憲王国の体制構想等も実際に話し合われていたと指摘しました。
ヒジャーズの地元有力者らは、初代国王に対して地域独自性を訴えましたが、結果的には1932年に国王勅令によりナジド・ヒジャーズ王国統一が発表され、ナジドは国王次男サウド、ヒジャーズは三男ファイサルが総督として半ば強引に統一国家サウジアラビアが誕生しました。岡倉氏は、権力が集中する統一国家建国前のヒジャーズ行政諮問評議会メンバーの登用には、地元有力者を避け、政治的に中立な外国人商人が多数重用されたことを指摘し、イランのアリレザ家(現アリレザ・ザイネル財閥)、エジプトのシャルバトリ家(不動産業や青果業で有名なSharbatly Group)、イエメンのビン・マハフーズ家等の名前を挙げています。これら財閥は現在でもジェッダの有力者としての地位にあり、大変興味深い指摘であると思います。ジェッダには実際にトルコ語を語源とする屋号を用いた財閥も存在し、その国際性豊かな商業活動の歴史を物語っています。
他方、1970年代の石油ブームや国土開発ブーム乗じてリヤドにおいて新しい大商人層が創出されると、サウド家とナジド有力者による中央集権化を目的とする連携システムが強化されることになりました。その後、諸外国との国防・軍事提携が長期的かつ大規模に進められ、リヤドは名実ともに政治経済軍事的中心地としての地位を固めることになりました。中東研究者のD・チャンピオンはこの動きを「ナジド連携資本主義の隆盛(the rise of Najdi asabiyya capitalism)」と呼び、特に1980年以降は国内の主要農工商経済活動が実質的にリヤドに継承され、全国28箇所の商工会議所を束ねるサウジ商工会議所連盟の創設(1980年)等を受け、「ジェッダ商工会議所の重要性の正式な終焉」と指摘しました。近年ではサウド王家発祥の地ディライーヤが観光開発と正統性維持の両面でさまざまなプロジェクトが進行中です。
一般的にサウジアラビアは単に砂漠の国(で暑い)と表現されがちですが、気候も地域性があり、当然ながら一定量の降雨や積雪もあります。政治的にもサウド家の支持基盤は砂漠の遊牧民ではなく、同家に宗教的政治的正統性を権威付けてきた宗教指導者達であり、また、アラビア半島の長距離貿易で財を成したジェッダを中心とした大商人達でした。ただし、歴代国王は主要部族との関係も重視してきた経緯があります。このことはサウジアラビアにおける政治経済宗教の互恵性を象徴するものであると言えます。また、サウジアラビアが近年の国際政治外交の中でも優れたバランス感覚を示してきたことも、中東研究者のG.ノンネマンやP.アーツが主張する通り、内政・外交における全方位的バランス感覚(Omnibalancing)の結果でもあります。さらに近年では欧米の戦略系コンサルの影響やベテラン国務大臣他50名以上いる国王アドバイザーの影響も無視することはできません。
来年2025年に外交関係樹立70周年を迎えるに日・サ関係は、この20年間で平面的な重層的関係から、第三国でのビジネス協業や2023年ジャパンアニメタウンに代表される文化交流、観光事業の拡大による人的交流の深化等の観点から、立体的な互恵関係に進化したと感じています。
academic
background
-
大東文化大学 国際関係学部 国際関係学科(西アジアの政治)(学士) 林武ゼミ
-
英国ロンドン大学キングスカレッジ大学院 地理学部 環境開発学(修士) "Water and Kyoto Protocol: Potentiality of Water to be a value-added instrument", supervised by Prof. Tony Allan
-
シリア・アラビア語学研究所(ダマスカス) 語学研修(Certificate授与)
-
英国ダーラム大学大学院 国際研究学部(修士) "Foreign Policy of Saudi Arabia: Towards a regional power in the 're-organizing' Middle East?", supervised by Dr. Steffen Hertog
-
英国エクセター大学大学院 アラブ・イスラム学研究所(博士) "Oil for Technology: Saudi Arabia-Japan Multi-Layered Reciprocal Relations, 1955-2018", supervised by Dr. Marc Valeri and Prof. Tim Niblock

books
(共著)
第11章 Technology for oil-Japan's multifaceted relations
with Saudi Arabia
others
外務省調査月報
(共著)
第7章 「サルマーン第7第国王ーさまざまな対話を重んじる現実主義者」
第17章 「教育改革と学資の意識ー移り変わる社会観」
第34章 「社会福祉政策の変化ー政府と国民を結ぶ制度」
第35章 「サウジアラビアのスポーツ事情ーイスラームとの整合性」
第47章 「対照的な労働環境ーサウジアラビア社会の外国人労働者」
第53章 「巡礼と先端技術ーあらゆる技術導入の牽引力」
第57章 「皇室とサウード王家ー日サ交流・友好の象徴」
第62章 「中東和平外交ー調整役を果たせるか」
(共著)
第8章 「ファハド国王の時代ーラクダからキャデラックへ」
第29章 「サウジアラビア学生のモラトリアムー教育熱と現状」
第30章 「ザカートと慈善事業ー貧困の意識と社会福祉政策」
第31章 「イスラームとスポーツ-スポーツ事情と女性体育教育」
第49章 「対照的な労働環境ー外国人労働者とサウジアラビア人公務員」
第55章 「巡礼と先端技術ー情報化・IT導入の牽引力」
第59章 「成功する皇室外交ー日本とサウジアラビアの外交・文化交流」
第64章 「中東の大国へーサウジアラビアの中東和平への立場」
NHKデータブック世界の放送
博士論文

Gallery

2021年 Turki bin Faisal Al Saud殿下と

建国記念日を祝う若者

伝統柄と客間

伝統的な茶器

ドアの装飾

多くの国内生産品

ジッダの裏道





